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プレイバック丹波学トーク2019 Vol.2

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昨年度、「お城のあるまちに暮らす。」をテーマに開催した
地域学講座「丹波学トーク」の内容の一部を、テキストと
写真でお届けします。
※写真の無断使用、転載はお断りします。
★丹波学トークとは → こちら

今日から楽しむ、お城の見方・歩き方  その2
このシリーズでは、城郭ライターの萩原さちこさんに、お城の
見方・楽しみ方を教えていただきました。
たくさんあるお城の魅力の中から、講座で紹介された3つを、
順番にご紹介します。

■変遷を楽しむ
お城は、築城されたときに一気に築かれるのではなく、増改築を繰り返して完成します。
天守群が国宝に指定されている 松本城(まつもとじょう)(長野県松本市)は、そうした変遷を楽しめるお城の一つです。
現在の松本城は、天正18(1590)年にこの地に入った豊臣秀吉配下の石川数正(いしかわかずまさ)・康長(やすなが)父子によって築かれました。
黒と白のコントラストが美しい天守群は1つの建物に見えますが、実は5棟で構成されており、築城後に増築され完成しています。
5層の大天守と3層の乾(いぬい)小天守、それをつなぐ廊下のような渡櫓(わたりやぐら)は、築城開始直後の文禄2~3(1593~1594)年頃に築かれたといわれています。これに対して月見櫓(つきみやぐら)、辰巳附櫓(たつみつけやぐら)は、それから約40年後、徳川幕府の第3代将軍徳川家光の時代に増築された建物です。

松本城
戦国期と太平の時代。時代の異なる建物は、構造や意匠も対照的です。
戦闘仕様で、狭く緊迫感のある天守に比べて、娯楽を目的に造られた月見櫓は広く開放的です。櫓の脇には水堀に出られる船着き場があり、舟遊びを楽しんでいたのかもしれません。

さらに遡れば、松本城の前身には小笠原氏や武田氏が統治した深志城(ふかしじょう)というお城があったとされ、武田氏は北信濃(きたしなの)侵攻の拠点として改修し、32年に渡って統治したといわれています。
同じように、亀岡でも丸岡城(余部城)から丹波亀山城へ、という流れがありました。同じ地域の中でもお城は変わっていきます。
※丸岡城と丹波亀山城については、今後のレポートでお届けします。

お城の姿は、時代とともに移り変わります。

築城年や築城者にとらわれずに見ることで、ひとつの城の中に息づく歴史を楽しむことができます。

次回の更新

6月8日の予定です。お城の見方・楽しみ方の第3弾「石垣を楽しむ」をお届けします。

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