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プレイバック丹波学トーク2019 Vol.6

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昨年度、「お城のあるまちに暮らす。」をテーマに開催した
地域学講座「丹波学トーク」の内容の一部を、テキストと
写真でお届けします。
※写真の無断使用、転載はお断りします。
★丹波学トークとは → こちら

お城へ行こう~丹波亀山城址~  その②

お城の見方、楽しみ方を学んだあとに実施した、城郭ライターの萩原さちこさんと行く丹波亀山城址見学ツアー。そこで学び、体験したお城の歴史を振り返ります。
※丹波亀山城址見学の際は、事前に管理されている宗教法人大本0771-22-5561へお問い合わせください。
■丹波亀山城の変遷
「変遷を楽しむ」でご紹介したとおり、多くのお城は築城後に増改築を繰り返して完成します。
丹波亀山城も豊臣、徳川へと政権が移るなかで整備や増改築が行われました。
中でも大規模だったのが、徳川幕府の命令で行われた慶長14(1609)年の「天下普請(てんかぶしん)」です。天下普請は全国の大名家を動員して行う公共工事であり、丹波亀山城が豊臣秀頼をけん制する「大坂包囲網(「役割を楽しむ」を参照)」の一部として重要視されていたことがわかります。天下普請の名残として、工事現場での石材の盗用やトラブルを避けるために様々なマークが刻まれた「刻印石」が残っています。
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城郭の完成は慶長15(1610)年夏ごろとみられ、天守台には五重の「層塔型天守」が造営されました。「層塔型」とは、同じ形の建物を少しずつ小さくして積み上げた当時の最先端モデルであり、丹波亀山城が最初の事例だといわれています。
※写真は明治初期の丹波亀山城(撮影:美田村顕教/提供:亀岡市文化資料館)
丹波亀山城古写真(明治初期・美田村顕教撮影 提供:亀岡市文化資料館)
縄張り(設計)は、築城の名手と言われた藤堂高虎(とうどうたかとら)が務めました。現在も大切に管理されている天守台跡や刻印石から、お城に詰まった人とまちの歴史を体験できるのが、お城のあるまち亀岡の魅力の一つです。
次回は、「天下普請」「層塔型天守」とともに、丹波亀山城の大きな特徴である「惣構え(そうがまえ)」を中心に、シリーズ最終回のレポートをお届けします。

次回の更新

7月6日の予定です。「お城が教えてくれること」をお届けします。

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